津波と桜

東北に行ってきた。

 

企画者におんぶに抱っこではあるけれど、一応ボランティアとして

木を植えてきた。

 この取り組みは、

岩手県 陸前高田市津波の到達ラインに沿って10mおきに

桜の苗木を植えるというもの。

「桜ライン311」という。

www.sakura-line311.org

 

参加した動機は、より被災した人たちの役に立てる活動をしたいと思っていたことと、

取り組み自体のコンセプトにとても共感できるものがあったこと。

植物が好きだから多少の肉体労働もいけるな、と思っていたのもある。

 

結論からいうと

参加して本当によかった。

単なる自己満足で終わらせない、そういう企画者の意気込みが伝わってきた。

私としては、木を一本植えたというにとどまらない、大きな達成感があった。

だって自分が植えた苗がもしかしたらちゃんと大きくなって、

いつか誰かを助けるかもしれない。

それでなくとも春には花を咲かせて、人々を慰めるんだと信じたい。

 

私は直接被災したわけではないし、震災後に初めて東北を訪れたくらいだから

よそ者が何を語っているんだろうという気持ちもある。

でもあの日テレビで見た津波の映像、夏に訪ねた南三陸の防災庁舎、

今日見た、枠しか残っていない中学校校舎の外壁に書かれていた「ここで生きる」という言葉。

そういう諸々をLIVEで感じて、思うことはよそ者でもいろいろある。

できれば直接・間接に災いを被った人たちになるべく寄り添いたいと、思う。

それを再確認できただけでも、今回参加できた意義は私にとってとても大きかった。

 

ボランティアという存在

は複雑だ。

今回行くことを数人に報告したら、

「まあ気楽にね」「楽しまなければ続かないよ」という言葉をもらって、

ん?と思うと同時にそれもそうなのかなあとも思ったり。

偽善なんかじゃない。って言うのは簡単だけども。

 

私は仕事に就いていて、お給料ももらっていて、ちゃんと生活している。

でも同じ国の中に、地震津波放射能で家族、家、仕事、

何もかもを失った人がたしかにいて、心も体も生活も大変そうだ。

であれば、自分にできることをすべきじゃないかというのが

今の所の自分のスタンス。としか言いようがない。

自分の中でも決して風化させないために、私はこれからも現地を訪れるのだろう。

 

いつか、

それはとても近い将来かもしれないが

私は今日自分が苗を植えた場所をまた訪問するだろう。

 

大きく育ってくれたらいいな。

 

植えたあと、炊き出しの豚汁が本当においしくておかわりしてしまった。

近くにいた運営チームのお兄さんが、「きちんと育てます」って目を見て言ってくれたこと、決して忘れないだろう。

 

その場所に、その人たちがいるということ以上の魅力があるのかな。

もっとたくさん旅をして、いろんな人に会いたいなと強く思った1日だった。

 

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